倫理学を科学技術の発展に活かす人を目指して、アクセルを踏む

倫理学を科学技術の発展に活かす人を目指して、アクセルを踏む

本記事は、2025年3月発行の人材応援冊子Vol.27「2025年の分岐点」に掲載されたインタビュー記事をもとに、ウェブ掲載用として再編集したものです。

話し手

甲斐 晴奈
筑波大学 人文・文化学群 人文学類

2006年生まれ。アドミッションセンター入試を経て、筑波大学人文・文化学群人文学類に進学。哲学・倫理学、特に生命倫理学・医療倫理学に関心を持ち、医療における意思決定をテーマに研究している。

個人および共同で複数の研究活動に取り組み、国際学術誌への論文投稿や学会発表も経験。大学入学前には、株式会社リバネス研究開発事業部のインターンとして、実験教室や超異分野学会の運営にも携わった。

聞き手

高橋 宏之
株式会社リバネス
知識創業研究センター長

2009年、横浜市立大学大学院博士後期課程修了。博士(理学)。

40歳以下の若手研究者を対象とした「リバネス研究費」の立ち上げをはじめ、産業界と若手研究者をつなぎ、新たな研究プロジェクトを創出する活動に従事している。

また、分野や所属の枠を越えて、個人の知識・技術・課題解決へのパッションを組み合わせ、新たな知識を生み出す場「超異分野学会」や、知識製造を実践する研究拠点の立ち上げなど、研究開発の種を生み出す仕組みづくりを推進している。

小学校時代から人と社会の関係性の違和感を問いとして様々な活動を精力的に進めてきた甲斐 晴奈さん。高校時代には医療倫理の領域で研究を始めるようになった。複数の論文を国際誌へ投稿するなど、すでに最先端の研究者として活躍する甲斐さんの軌跡と未来展望を尋ねた。

自分の心理的変化をきっかけに医療倫理の研究へ

高橋:甲斐さんは17歳で共著者として国際誌へ論文投稿されていますよね。哲学の中でも特に医療や生命に関わる生命倫理をテーマに研究を始めたきっかけをぜひ教えて下さい。

甲斐:両親が研究者ということもあり、身近に科学がある環境で育ちました。小学生の頃に熱中していたのは、ものづくりでした。小学3年生からは仲間とロボットコンテストで全国大会に出るくらい熱中していました。3人一組のチームで一つのラジコンをつくり、仕掛けを動かしたり、時間内にゴールまで走りきるようなものです。でも、私は全国大会でミスをしてしまったんです。練習でうまくできていたことができなかったり、時間もギリギリになってしまいました。できたはずのことができなかったことが悔しい、という思いが強く、自分をすごく責めました。

高橋:チーム戦なら自分だけの責任ではないと思うのですが、気持ちが自分に向いてしまったのですね。

甲斐:はい。なんでこの世界ってこんなに辛いんだろう、どうして自分を責めてしまうんだろう、そんなことを思いながら学校の帰り道を歩いていたのを覚えています。そんなときに出会ったのが和歌でした。小学4年生のときの授業で百人一首を習ったのですが、99番の歌にとても惹かれたんです。「人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は」という和歌なのですが、上皇という雲の上の存在の人でも、世の中が面白くないとか思っているんだと驚きました。自分の悩みも普通のことなんだなという気持ちになり、心が楽になりました。それをきっかけに文学へとのめり込んでいったのです。今になって思うと、和歌そのものではなく、和歌の奥にある思想やこの世界に対する気持ちとかに関心が向いていたのだと思います。

高橋:ロボット大会での経験が和歌や文学への興味に繋がっていったとは驚きました。そこからさらに生命倫理へ興味が進んでいったのはどんな経緯があったんでしょう。

甲斐:倫理に出会ったのは高校生になってからです。元々不登校気味でしたが、結局は中退し、高卒認定を受ける選択をしました。その際、社会科の試験科目の中で選択したのが、倫理でした。倫理学や哲学の領域で、「人間の本質はあらかじめ決められておらず、生きる道を自分で切り開く存在だ」という実存主義のことを知り、先人たちの議論に興味を持つようになりました。生命倫理に興味を持ったのは新型コロナ禍がきっかけでした。まだ濃厚接触者の外出が憚れるときに、私が40℃以上の高熱を出したことがあり、弟の大事な試合のタイミングに重なってしまっていたため、親ははじめ病院にいくか判断に迷っていました。結局連れて行ってもらうことになったのですが、合理的に考えればすぐにでも病院にいくべきでも、受診の意思決定は様々な要素の影響を受けるため、必ずしも合理的なものではないことを実感しました。

高橋:医療の中での合理性は何か、ということについて考える経験をしたことが、どのような研究につながっていったのでしょうか。

甲斐:宗教的輸血拒否がなぜ起こるのか、当人はどのような判断をしているのか、を文献研究と当事者へのヒアリングを組み合わせた研究です。ある宗教団体に家族で所属している友人がいたのですが、大学進学について両親や宗教団体と価値観が異なっていたようで、悩んでいました。よく聞いてみると、宗教上の理由で輸血などの医療行為の一部が受けられないことも知りました。友人も「輸血を希望しない」という意思表示カードを携帯していました。治療の意思決定には想像以上に様々な要因が影響していることを知り、特に宗教と医療の関わりを研究テーマにしようと決めました。

高橋:宗教によっては輸血拒否の話だけではなく、再生医療の受け入れなど、科学技術がどう受容されていくのかが議論されていると聞いたことがあります。様々な宗教観の中で新たな科学技術がどのように受容されていくのかはこれからの世界にとって大事な論点の一つですね。

甲斐:対象とした宗教団体の信者さんや元信者さんにも、友人の紹介やSNSでのコンタクト等でヒアリングを行うことができました。研究を進めていく中で、同じ団体の中にも様々な考え方を持っている人がいるため、人を属性で一括りに理解しようとする愚かさにも気が付きました。

 宗教は自分が生きている意味のようなマインドのところに関係していて、医療は生きられるようにする生物学的な立ち位置になっていて、相対する立場に見えます。ですが、最近の医療はスピリチュアルなケアも取り入れていこうという潮流があり、この歩み寄りはとても素敵なことだなと思っています。私もそれぞれの立場からの歩み寄りをして、相互補完できるような関係性を築くことにチャレンジしたいと思っています。

社会と研究に橋を架ける活動の真髄を見た、リバネスでのインターン

高橋:そんな思いを持った甲斐さんがリバネスにインターンとしてジョインしてくれたのはとても嬉しいです。リバネスに出会ったきっかけは何ですか?

甲斐:エッジの効いた中高生の研究支援をしているゼミに友人が誘ってくれたのですが、そこでメンターをしていたリバネスの方に出会いました。そのゼミでは、様々な分野で中高生のトップを走っているような研究者ばかりが参加していて、圧倒されたのを覚えています。そんな人たちでも専門外の人に研究を伝える難しさだったり、研究と勉強のバランスなど、みんな似たような悩みを抱えていたのが印象的でした。

高橋:リバネスのインターンに参加したのはなぜですか。

甲斐:研究と社会がどのように関わっているのかを知りたかったからというのが大きかったです。特に私が研究しようとしている人文科学はお金になりづらいものが多いので、どのように社会とつなげているのかに興味がありました。そのために研究と社会をつなげているリバネスの活動をもっと知りたかったのです。実際に関わってみてわかったことは、サイエンスブリッジコミュニケーションは画期的ということでした。

高橋:そうなんですね!まさに、研究と社会を繋ぎ、地球の課題を解決したいという思いから生まれたのが、リバネスのサイエンスブリッジコミュニケーションです。甲斐さんの視点からみて、何が画期的だったのか気になります。

甲斐:昨年末にリバネスが銀行と実施した実験教室のプロジェクトに参加したときのことです。プロジェクトが始まるまでは、銀行と研究には大きな隔たりがあると思っていたので、どのように橋をかけるのだろうと思っていました。打ち合わせを続けている中で、リバネスのスタッフから「まちづくり」を起点にして実験教室で子どもたちに伝えたい研究の意義や可能性を伝えたときに、銀行の人たちが強く共感してくれたのです。そこから同じ目標を持って活動ができました。正直、研究者同士でないと共有できなのではと思っていた感覚を共有できたことに大きな驚きと発見がありました。

高橋:相手の目線に合わせて共感をつくりにいくという感覚は大切な気づきですね。私も社会から研究者に向けられる期待は、研究成果をお金に変えてください、と言われているように感じます。でも、将来的に価値あるものを生み出せるという可能性を持っているのが研究者だと私は考えているので、目の前の短期的な目線を優先する視点には違和感がありました。それを理解してもらうには研究者から外の人に橋をかけに行くことが重要だと思っています。

甲斐:医療倫理の現場でも同じような事があります。例えば、お医者さんは倫理学者に対して、「現場を全然わかっていない」と思っていて、他方、倫理学者はお医者さんに対して、「倫理を全然わかっていない」と思っているという感じです。私がそれをみて思ったことは、医療関係者と倫理学者の間で橋をかけられるような研究が必要だなということです。難しいかもしれないですけど、そこの間に橋をかけられるように、そして患者さんにとって一番良い結論へと導けるような実践型の哲学研究者を目指したいと考えています。

高橋:相手と自分の土台を理解してこそ、強固な橋がかかる、というところがポイントだと思います。サイエンスブリッジコミュニケーションの概念は生命倫理においてもとても重要な要素になりそうですね。

現代の課題を解決するために、『自律』の追求に挑戦したい

高橋:4月からは大学でのチャレンジになりますね。生命倫理の分野もそうですし、興味を持っている哲学にも打ち込めると思います。

甲斐:そうですね。哲学を学びながら、もう少し抽象度を上げていきたいと思っています。これまではどういった理由で治療を拒否するのか、という背景や事象の整理が中心で、実例をもとにした研究でした。これからは生命倫理学の根底にある個としての「自律:autonomy」を学問として深堀りしていきたいと思っています。

高橋:具体的な事例と抽象的な議論を行き来するのも研究の面白いポイントだと思います。自律をキーワードにしたいと考えた理由を詳しく聞かせてください。

甲斐:宗教と医療倫理の間にあるのは、個人の考え方だけではなく、人間関係でもあるということも研究からわかってきました。先ほど話した教団でも、輸血してしまった人を排除しようとしたり、輸血拒否の希望について明記していない人に書くことを促したりということがあるそうです。そのように、人には人間関係や環境の影響により、個人として自律した判断ができない状況があるのです。そこで、近年生命倫理学で注目されているのは、他者との人間関係の中で自律を捉える関係的自律という考え方です。これからの時代では、人間関係や状況に即した「自律」を考え、時には定義を広げていくことが生命倫理学でも大事になってきているなと感じています。

高橋:実態に合った倫理学や哲学を発展させていかないと、倫理と研究や社会とのずれがどんどん広がっていき修復できなくなるかもしれないという危機感でしょうか。

甲斐:実際、すごく複雑な人間関係の中で自律を定義するには、まだまだ考えなければいけないこと、学ばないといけないことがたくさんあります。例えば、一概に人間関係の中で自律を捉えていくといってもいくつかの流派があります。それらをどう組み込んだ自律を定義していくのかまでは考えられていません。でも、だからこそワクワクしています。

私にとって、研究とは対話

高橋:今後の甲斐さんの研究、とても楽しみです。医療関係者と倫理学者の間に橋をかける実践的研究者を目指すと仰っていましたが、研究結果を社会に還元していく中でどんな世界をつくりたいですか。

甲斐:科学技術が発展してきていて、いろんな技術が社会にでてきている一方で、倫理的な検討は不十分だなと思っています。真に技術的な世界は、ちゃんと一つ一つの技術の活用の方向性が倫理的にあっているのか、丁寧に向き合っていくことが大事ではないかと考えているからです

高橋:リバネスのビジョンは「科学技術の発展と地球貢献を実現する」です。まさにそのような活動になっていくのだろうなという期待感を持ちました。そんなに熱中している研究の魅力とは甲斐さんにとってどこにあるのでしょうか。

甲斐:私が研究で一番楽しいのは、プロセスです。自分なりのリサーチクエスチョンを立てて、文献を読み漁る。自分が考えていたことが言語化されていたら、「それそれ!」と喜びを感じますし、先行研究で指摘されていないことを考えていたら、そこに研究テーマとしての余地を感じ、喜びを感じます。文献研究って合う合わないがあると思いますが、私はとても楽しいです。そういった研究プロセスと対話がすごく似ているからかもしれません。インタビューも対話ですし、文献を読むこともそれを書いた研究者との対話だと思っています。

高橋:研究と対話は似ている、という感覚は面白いですね。私はバイオの研究を通じて、先生や先輩から作法やプロセスに対する考え方を学んできたのでとても共感します。今日の甲斐さんの話は、分野は違えど、科学技術を通じて社会課題を解決したいという私たちの思いと通じると改めて感じました。引き続き、一緒に仕掛けていきましょう。(文・構成 海浦)

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