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<私がベンチャーをつくった理由>起業を通じて、異分野の研究者が集う場をつくる(大阪ヒートクール株式会社・伊庭野 健造 さん)

プラズマ核融合の研究に取り組んできた伊庭野さん。修士課程ではアメリカに留学し、その後日本に戻って博士号を取得した。2014年から現在、大学の助教として研究を進める傍ら、2020年に大阪ヒートクール株式会社を設立した。自身の研究のテーマに近い分野で起業したのかと思いきや、実際は全くの別分野だという。なぜ、伊庭野さんは自らの研究とは異なるテーマで起業したのだろうか。 (incu・be 64号から転載)
留学で気づいた日本の大学の閉塞感
2007年にアメリカのイリノイ大学に留学した伊庭野さんが日本との大学の違いの象徴としてあげるのが、「大学内のバー」だ。イリノイ大学や他のアメリカの大学の中には、大学内に酒を酌み交わしながら交流ができる場所があるのだ。そこでは、大学の教員同士、また教員と学生とが頻繁に個人的な事や仕事について話せるような場所になっている。この場所で、自分の分野以外の人とも会話できるので結果的に異分野との交流が生まれ、研究の幅も広がる。「日本だと、大学の中で会える人は少ないですよね。例えば、共同研究をやっている似た分野の研究者とか、良くて弁理士さんとか…それ以上はない。そして、社会的にはそれでいいと思われているんです」。そんな日本の大学の状況に閉塞感を感じる中で、日本でもイリノイのバーのような場所を作りたいと考えるようになっていた。
自分の研究テーマじゃなくてもいい
大学外での仕事に魅力を感じていた伊庭野さんの元に、「起業してみないか」という話が大学関係者から持ち込まれた。最近は大学発ベンチャーの設立が各大学でも推進されている。教員の起業は学内外の交流のきっかけを作り、大学をもっと良くするためにもプラスになるはずだと感じた伊庭野さんはこの話に乗り気になった。伊庭野さんの専門分野はプラズマ核融合のシステム研究。それだけ聞くと新エネルギーの開発につながりそうだが、自身の研究の中ではプラズマ核融合技術の一つ一つの要素が実現できても、全体を組み合わせると現状はうまくいかない可能性が高いと考えていた。研究としては突き詰めていきたいテーマでも、自分でうまくいかないと考えているテーマで起業できるわけもない。一時は本気でバーか蒸留所でも作ろうかと考えたという。そんな伊庭野さんが具体的に起業に向けて動き出すきっかけになったのは「先生、別に自分の研究テーマじゃな くたっていいんですよ」という大学関係者の言葉 だった。

引っ掻いたように錯覚させることで、皮膚を傷つけずにかゆみを和らげることができ「ThermoScratch」を発表した展示会での様子。
人を重視し異分野でベンチャーをしかける
大学内で人にあまり会えないならと、起業を考 える以前から意識的に外に出るようにしていた伊 庭野さん。研究の中で一部半導体製造に関連する ものも扱ったことから、セミコンジャパンという 半導体や電子工学を中心にしている展示会にも 参加していた。そこで出会ったのが同じ大阪大 学で半導体を専門にしている菅原 徹さんだ。そ の後共同研究なども行っていたが、誰かと起業す ると考えたときに最初に浮かんだのが、菅原さん だった。コミュニケーションが取りやすく、ノ リの良い彼となら一緒にできるはず、と声をかけ てみると、菅原さんも起業に前向きだった。そ こで菅原さんの技術を土台に大阪ヒートクール を2020年に設立した。半導体で皮膚に温熱変化 を与えてひっかいたように錯覚させるシステム 「ThermoScratch」の開発から始まり、半導体を 人体に刺激を与えるアクチュエーターとして用い る機器の開発に取り組んでいる。
仕事の中で人に会い、知識が増えていく
半導体製造の研究を少しはしていたとはいえ、 現在の半導体を用いた装置開発は伊庭野さんの専 門の核融合とは遠い存在だ。専門外での挑戦に も、「研究者は元々好奇心が強いですから。勉強 するいい機会かなと思います」と、軽やかに取り 組んでいる。事業として取り組むことで、仕事を 受けるとクライアントからお金をもらいながら新 たな視点や知識を得られるようになったのも伊庭 野さんにとっては大きな価値だ。現在は、同じよ うに大学外や分野外への関心が高い心理学や社会 学の研究者もチームに加わり、大学とは別の場所 でそれぞれのアイデアを試す実験場の様になって きた。起業したことで、伊庭野さんの周りには、 様々な分野の人が集まり研究談義に花を咲かせ る、そんな大学内のバーのような場所ができ上が りつつある。 (文・Dulla, Yevgeny Aster)
<プロフィール>
伊庭野 建造(いばの・けんぞう)
イリノイ大学留学後、京都大学大学院において核融合エネルギー研究で学位を取得。立命館大学、東京大学で博士研究員を務め、2014年8月に大阪大学大学院工学研究科に助教として着任。2020年に大阪ヒートクール株式会社を設立、小型フレキシブル熱電変換デバイスの社会実装を進めている。